次の時代


生命の誕生

再生の象徴

常に現在を生きる僕らはそんなことを特に意識しないし、特別に意味があることとも思わないのだが、もう少し長いスパンで時間を客観視してみると、ある違和感とともに非現実的な現実に気付く。

例えば、100年という時についてみると、
「現在、地球上で生きている人間は、生まれたての赤ん坊も入れて、100年後には、ほぼ入れ替わっている」

そこから何が導かれるか、
「肉体は衰える、しかし、生命は歴史を引き継ぐ」

ちっちゃなすべすべした赤ん坊の手はまさに再生の象徴だ。
子は、親と同じではない、一つの独立した命だ。
知識を引き継ぐわけではない。

親から子へ、次の世代へ、生命とともに歴史は引き継がれる。

歩み

ある時代のある場所では、山の周りに集合した子供達が山の頂上を目指して一斉に駆け出し、一番最初に頂点を極めた者が勝者になるような競争をしていた。
頂上に近づくほど競争は激しくなり、振り落とされたものは地平へと転がり落ちて大地をさまよう。

それが当たり前のように思われていたが、そうではなかった。

子供は天からの授かりものだ。
赤ちゃんはコウノトリに運ばれて、天と地が最も接近する山々の頂に降り立つ。

そして、子供は、現世の理を表わす地上へと、成長とともに山を下ってゆく。

始まりは同じであるが、目指す地上は360度の広がりを持つ無限の可能性だ。

また山へ登るのもよし。
They are there.

歩み、疲れたら休み、歩き、そしていつか見つける、自分が暮らす場所を。


ゼロ

生命

それにしても、生命の誕生という神秘!
当然のように、必然のように太古より繰り替えされているが、最も非現実的な出来事の一つだ。

一人に一度しか訪れない出来事であって、記憶にはない。
気がついたときには、ずっと前の話になっている。
例えば出生率などで語られることはあっても、身近な出来事という感覚ではない。

しかし、新しい命がなければ歴史を継承することもなく、時代を創ることもない。

過去があり現在があり、そして未来がある。
人それぞれにそのサイクルがあるように、新しい命を介して人類の歴史があり、現在の社会があり、子供たちの未来がある。

生命の誕生という奇跡。
無から生命は誕生する。
一と一を足して三になる。

生命が創造されるという、理解しようのない神秘。
この世でもっとも尊い定め。

家族という関係。
マクロ的には大多数の一つの構成要素にすぎないけれど、ミクロ的にはきずなで結ばれた一つの主体。
そこに世界の中心がある。
新しい命を迎えた家族の生活は非日常で再開し、いずれそれが新しい日常になる。

ゼロ歳児

第一声は、想像していたオギャーではなく、もっとかわいたオギャーであった。

かくも小さきものか。
かくも弱き存在か。

泣くと真っ赤になるから赤ちゃん。

人(ヒューマンビーイング)は、大きく分けて、二つに分けられる、と思っていた。
当然のごとく、男と女の二つに。

今更ながら気が付いた。
既存の範疇に入らないその存在。

人類は、男、女、そして赤ちゃんの三つから成り立っている!!

それにしても、足がよく動く。
大気中に開放されて、急に世界が広がったね。


一歳児

学校で性善説と性悪説という言葉を習ってから、ときどきどちらなのかと自分なりに考えたりしたものだ。

性善説と性悪説というけれど、生まれてきた赤ん坊を見たとき、そこにあるのは無知のみだった。
少ししゃべり始めた無垢な赤ん坊を見ていると、そんな説など空論にすぎないと思える。

人生を旅に例えると、その始まりは家だ、つまり、家庭にある。

生まれ、育まれ、学び、自我に目覚め、そして旅立つ。
様々な場所をめぐり、様々な経験を経て、やがて家にたどり着く。
そして、旅は次の世代へ受け継がれる。

お風呂へはお父さんと入るけど、ときどき泣く。


二歳児

かくも手間がかかるものか。
二歳児の辞書に「我慢」という文字はない。

わがままでいて素直であり、かしこくいてすぐ泣く。

横暴かと思えば、無邪気な笑顔を振り向け、静かにしているかと思えば、はしゃぎ出す。

必ず毎日昼寝をし、疲れたら深い眠りにつく。

眠くなると抱っこをせがむ。
その場合はお母さんしかありえない。

母恋しと思いきや、父に抱きつき戯れる。
遊んであげようと思ったら、もういいとばかりに離れていく。

一つのことに執着するかにみえて、すぐに心変わりする。
激しく反発したかと思うと、泣きながら抱きついてくる。

最初は反発するものの、何かスイッチが入るのか、しばらくすると素直になる。

明るく、元気で、笑顔が眩しく、無垢でいとおしく、手間をかけさせる。

おいくつですか?
にー
指も二になっています。
でも意味はわかりません。

会社から帰宅すると笑顔で駆け寄ってくる。
ただいま。
ただいま。
いや、おかえりだよ。
おかえり。

滑り台が大好き。
チャレンジャーだ。
でも失敗すると、おそるおそるになります。
腕の力が強いです。
ぶらーん、ぶらーん。

自己中で協調性がなく、他人のものをほしがり、自分のものは渡さない。
何でも自分でやりたがる。
人を焦らすことを知っている。
そして、怒って泣く。
気まぐれ。

もう寝るよ。 ねない。
食べて。 たべない。
早く着て。 きない。
行くよ。 いかない。
入るよ。 はいらない。
出るよ。 でない。
乗るよ。 のらない。
分かった? わかんない。
片づけて。 かたづけない。
歯磨きして。 はみがきしない。
ごめんなさいは! ごめんなさいしない!
ダメ! ダメしない!
でも、最後はやってくれるよね。
しない、しない、うぇーん。
でも、少しやってくれました。

ぴーぴーどーからしまじろうへちゃんと言えるようになった。
キティーちゃん、ミッキー、あんぱんまん、くまさん、かえるさん、みんな好きだ。
おもちゃが好きで、ぬいぐるみが好きで、ぬり絵が好きで、あそぶのが大好き。

歌が好きで、踊りが好きで、何でもできて、どんどん上手になる。

できる。
できないー。

ほらこうすればいいんだよ。

何でもかんぱい。
麺が好き。
どどいーどどいーた。
じゃなくて、ごちそうさまでした。


二歳児半

おむつに引っかからずにパンツがはけた。
一段飛ばしのジャンプができた。
けんけんぱができた。
自分の名前とお母さんとお父さんの名前が言えた。
いっぱいトライして、いっぱい知る。
可能性は無限大。
でも、どんどんジャンプしないで。
下にひびくからもっと優しくね。

小さくても失敗すると悲しい気持ちになるだね。
思わずひっくり返ったりすると、落ち込んで動かなくなります。

でも、おやつをあげると元気になります。
もういっこー

自分で自分をコントロールできずに何でも反発するけれど、誠実にお願いすると(少しだけど)やってくれる。
そんな心を持っていてくれるだけで安心だ。

ごめん、ペロちゃんじゃなくてペコちゃんだったね。
あやちゃんの方が正しいです。

しないしないといってると、しないしないおばけがでてくるよ。
(こわ~い)

我慢は後から備わるものらしい。
がまんしない!

後で。
あとでしなーい!

笑ってというと、変な顔を作る。

こえこえこえこえこえ!

これでよーし!(得意顔)
なにこれ?
ん?
おもしろーい!

ねえねえおかーさん。
はーい。
ねえねおとーさん。
はーい。

あやちゃんはちいさいからできない。
おとーさんはおおきいからできる。
あやちゃんもおおきくなったらできる。

そうだね。

きのうね、
ずっとまえね。

ちょっと前じゃない?

もうすぐハンドル(運転)できる?
んー、三歳、四歳、五歳、、、、あと13年したらね。

休みの間一緒に過ごしたお陰なのか、より甘えてくるようになった気がする。
(ちょっとの間だけ?)

お母さんに反発したとき、お母さんがかまってくれないと泣き出す。
泣くとき、アゴが出てる。

お父さんだっこも前よりはすんなり。
眠いときは相変わらずだが。

ハイテンション、ハイパーアクティブ。
何かの力が、体の内側から湧き出ている。

変なことやなんでもないことがすべて初めて。
それやめてー、というと、繰り返す。

自分はと言えば、他の子供や赤ちゃんの振る舞いや動きをついつい観察してしまう。
子供がいる人生といない人生では、確かに大きく違う。

はひふへほが、あいうえおに聞こえる。
さしすせそは、さちつてと。

自分でズボンがはけました。
自分で靴下がはけました。
自分で靴が履けます。
前後、上下、左右はまだ分かりません。

片足立ちできます。
エスカレーター乗れます。
あいうえおが読めます。
10まで言えます。
まだ数えられませんが。

おかーちゃーん(おかーさーん)
おか、おとーちゃん(おとーさん)
お、い、で!

あやちゃんすごい!?
あやちゃんおもしろい!?

あやちゃんがやる!
あやちゃんじぶんでやりたかった!

あと1ヶ月半で3才。

はい!
返事はいいね。

xx
xxじゃなくて!

スマートフォンで写真を撮ってくれます。
YouTubeにハマってます。

3才になるまでにやっておくこと。
1.パンツマンになる!
2.ゆびしゃぶりをやめる!
3.しょくじをじぶんでじょうずにできる!
4.ぎゅうにゅうをいっぱいのむ!(?)
5.あそんだあとはじぶんでおかたづけする!
本人もやる気十分です。

背が伸びました。
背伸びすればエレベーターのボタンを押せます。
靴が大きくなりました。

キャップの開け閉めやってあげます。
レストランで呼び出しブザーを一回押せます。
ドリンクバーは自分でやるー。
砂糖を入れてあげます。
スプーンでまぜてあげます。

一歩一歩大地を踏んで進んでます。

あやちゃんがやりたかった―!
うえーん!

おっぱびー!
(今、マイブーム。お友達が言ってたそうです。)

水泳では亀さんになりました。
どんどん自分でできる。

お名前は?
にさいです。
幼稚園の面接、お母さんの緊張が伝わっていたようです。

お父さんとお母さんといるときはいっぱいしゃべります。
覚えたての言葉を、聞きかじった言葉を。
そして、言葉にならないことばで表現しようとします。

ときどき、確かめるように親が言った言葉を小声で繰り返しつぶやいています。

選ぶのは早いです。
迷いません。

左利き?右利き?

これしたかった!
これもしたかった!

遊び場にて、身長90センチ、まだとどきません。

エネルギー充填100%
ご飯を食べると人が変わったように元気になります。

ちょっとまえまではできなかったけどできるようになったの。
さんさいになったらおかあさんみたいにおおきくなる。

ちょっとずつでいいからね。

3才児間際の記憶容量は小さい。
すぐに忘れる。
しかし繰り返すことで形成されるこの頃の記憶は、根幹になるに違いない。

遊んだあとは帰りの車ですぐにぐっすり。
でも、夜はなかなか眠りません。

月曜は英語とスイミングの日。
忙しいです。

相槌などのリアクションは、子どもは持っていない。
後天的に獲得したものだ。

3才児(まじか)の衝撃!
3才まであと3日にして目標を放棄!
そんな手があったとは!

子供へ望むことは、どうしても親が経験から学んだことに尽きる。
学んだこととは大抵、自分が不得意で苦労したことだ。
だから、自分が実現できなかったことに期待をかけたりする。

三つ子の魂百まで。
今しか経験できないことを今、経験する。
平凡の非凡。
誰もが経験するような最大公約数的経験なのかもしれない。

それは凡庸な我々が辿った道なのかもしれない。
でも、それでいいのだろう。

試練が才能を開花させ、百獣の王ライオンが我が子を谷底へ、、、。
でも、そんな試練を誰も望んだりはしない。

結果的にどんな試練があったとしても、それこそ将来の強さになればいい。
多くの試練は、歳をとってから訪れる。

三才の日常は記憶の奥底に沈んだが、幼い時の記憶は何度も反芻されたりする。


三歳児

このときは想像さえできなかった。。。。
というフレーズがあるが、確かに、今は何も想像しようもないし、想像することに意味も見いだせない。

大きくなったら何になるの?
おとうさんみたいにおおきくなる。

思い通りにいかないとき、前よりもふてくされることが多くなった。
相手に反応を求めることも多くなった。
プンプン!

自分でやる意識も高くなってきた。
できた時の喜びは大きい。
指しゃぶりはだいぶ改善、エプロンがなくてもあまりこぼさない!?
(3才前の目標についてはやはり気にしているようです。)

ところで、子どもは形から入る。
意味を考える前に、しつけや周りの反応からどうすべきかを体に刷り込む。
多分、知らなさすぎるので、まずは覚えないといけないからだろう。
自分で「なぜ?」と考え出すのはいつごろからだろうか?

最近、昼寝をしない日が多いらしい。
起きてるのが楽しくてしょうがないみたいだ。

だんだん言葉が巧みになってくるわが娘。
以前から言うことを聞かなかったが、最近はよく反発する。
それはおとうさんがわるかったの!

すぐわかる嘘をついたりもする。
だめだよ、そんな嘘ついちゃあ。

子供は正直だという。
子供は残酷だという。

子供の残酷さは、感情の折り目や無重力における無垢がうっかりと表出してしまったようなものだ。
振り返って記憶に残る、自分がときおり見せた小学時代の残酷さは、今思うと、現実との関わりへの手さぐりだったのかもしれない。
人は経験を積むことで内面にある多くの幼さや疑問を抑え込みながら成長する。

お母さんが、
おかあちゃん、になるのは、ちゃん付けで子供を呼ぶからなんだと納得。

もっと小さい頃は「記憶」と「感情」のみのような感じだったが、最近は「思考」がものすごい。
賢くなった分、言い分もものすごい。

どっちのてーにーあるのかな?
見えてますが。。。

もーいーかい?
まーだだよー
もーいーかい?
まーだだよー
もーいーかい?
まーだだよー
もーいーよだよ。

かくれんぼなのに、隠れる場所を指定されます。

サンタがいるかいないかではなく、サンタもアンパンマンと同じようなキャラクターの一つだ。
街にサンタが溢れすぎ。

みて、これみて!

競争、何が何でも勝ちたいらしい。
それは本能。

最近、プリキュアがいいらしい。

このころになると、頭でわかり始めたことと、現実の行動や態度とのギャップが顕著だ。
言葉と行動が結びつかない、あるいは、わかっていても、その通りに振る舞えない。

転んで泣いたときの悲しみはすごく深い。
一気に落ち込んでしまう。
こうなると、お母さんに抱き着くしかない。

おねーさんだから!あかちゃんじゃないから!

幼稚園に行きたいかどうかではなく、行くものと思っている。
そのための意気込みは十分だ。

パンツがいい!
でもまだおむつです。
うんちしても言ってくれません。
あと3か月。

都会から離れると、夜、空に星が輝いています。
ジュピターが一番明るい。
ベテルギウス、シリウス、プロキオン、冬の大三角形。
でも、飛行機の点滅が気になります。
どこどこ、ひこうきどこ

初めてのスキー場、雪遊び。
まぶしくて、寒かったようです。
楽しいといっているけど、表情が硬い。

すぐに機嫌が悪くなります。
お父さんとお母さんが話していると怒ります。
何にでも反論します。
そしてよく泣きます。
xxっていわない!
わーん!

自分の中の矛盾に、苛立ちと湧き上がる感情が抑えきれません。
拠り所となるのは、絶対的な頼りは、やはり母親の愛情なのでしょう。
逆に、愛情を与えられずに育った場合、何らかの不足が生じるのでしょう。

お母さんにとっては日々の戦い。

ところで、同じように見える反抗でも、全く同じではない。
少しずつ、繰り返しながら成長する。

繰り返すことで成長するのであれば、繰り返しただけ成長する。
同時に、将来の成長の下地を作っているのかもしれない。

遂にトイレでおしっことうんちができるようになりました。
やったー!
ちょっと前までは全然できなかったのに。
祝、おむつ卒業。

食べるのもだいぶ上手にできるようになりました。
すっかりおねーさんです。
こっちがいい!
大人の椅子で食事をします。
さよなら、赤ちゃん椅子。

だけどー
なにー、なになにー
はい!
今日も元気な声が響き渡ります。

魔法のことば、「おねーさんはやらないよ」
最近は、この言葉を口にすると、怒ってもすぐに素直になります。
はい!

平仮名を読めます。
自分の名前を書けました。
車のナンバーを覚えました。
すごい!

おしっことうんちはまだ空振りが多いです。
たまに、ギリギリアウト!

水泳教室を見に行きました。
頑張ってました。
バタ足から素直さが伝わってきます。
とてもいいです。
が、前には進まない!?

その後、2回のテストを経てかにさんになりました。

サラリーマン川柳風に、
「夜泣きかな、アンパンマンを、見たいと泣き出すわが娘」

3月、初めてのスケート。
お尻が濡れて寒かった。

幼稚園を前に、ひらがながマイブーム。
濁音も大丈夫。
英語も頑張っています。
できすぎ?

恥ずかしがり屋です。
人見知りします。
おとうさんと同じ。
損をするときもあるけど、なんとかなる。

やさしいし、思いやりがあり、聡明で、記憶力もいい!

人には長所と短所があり、欠点があるものだ。
しかし、苦手なことがあったとしても、苦手とする自分を大切にすればいい。
苦手だから知ることのできる悩みや、同じような人の気持ちを知ることができる。

世の中は様々だ。
一つの解などない。
悩みは成長を促し、経験は人生の根っことなる。

獲得した習慣と豊かな感受性によって受容し、深く考えたりしないこと。
それが無垢ということだと思う。
心を育む。

三歳児の不安は入園を前に高まる。
ついつい幼稚園を引き合いに出したり、おねーさんなんだからと言ってしまう。
入園ブルー。

言葉を覚え、ものごとへの理解が深まってくる反面、未だ知らないことばかりの状況の中でいいことと悪いことの区別を求められる。
前まではそれほど気にすることではなかったが、今はプレッシャーを感じてしまう。

特に体調が悪いときや気分の優れないときは、いっそう不安で悩ましい。
そんなときは、泣けばいい。
心の制御など、大人でも簡単にできるものではない。

どて!
こちらが心配するぐらい、こけると落ち込んでしまうときもあったけど、今では前向きに対応できる。
一つずつ、乗り越えていく。

このころの成長は目覚ましい。
数か月前がうそのような、すごくしっかり者に見えてくる。
暦も分かるようになった!?

きょうからしがつだよ!
もうすぐようちえんだね!
そうだね、来週だね。
らいしゅうだね。

小さいときの記憶は、実際はどこまで残っているのだろう。
自分では鮮やかに覚えているつもりでいても、反芻された記憶はいつしかデフォルメされている可能性がある。

空港の待合ゲートで窓に打ち付ける雨水の流れを見ていると、湯船を伝わりお湯に流れ込む水の筋と水滴の記憶が呼び起された。
湯船に浸かってじっと眺めていたこのときの記憶も、確かに、何度か反芻したことがある。

しかし、何を覚えているか、あるいは何が記憶に刻まれるのかなどはそのときには分からない。
それが経験として心に積み重ねられていくのだとしても。

あ、あ、あ、あ、
あやちゃんが、あやちゃんが、あやちゃんがしたかったのに~
あやちゃんがさきー
順番と手順があります。

4月10日は幼稚園の入園式。
ようちえんまだー?
4月に入ってから毎日のように聞いていたようです。
かなり意識しています。

ここのところ食事が細い?
食べないと大きくならないよ。
おかあさん、すきー
甘えます。

ところで、おしっこ(自宅)は自分でトイレができるようになりました。
ドアは全開です。。。

入園式当日、薄曇りの晴れ。
家族三人で参加です。
お父さんは、時間を間違えて一時間前に出発準備完了。

会社を一日休んで、式に出かけ、式に参加し、式のあと幼稚園で遊び、ご飯を食べ、近くの公園へ二人でまた遊びに出かける。
三輪車、縄跳び、ぶらんこ。。。

積極派ではない自分だが、子供とそうした時間を共有できたのは、宝になるに違いない。
ずっと後で思い出す場面、になるかもしれない。

幼稚園の遊具で、一人で棒すべりができました。
これはすごい。

幼稚園の広場をビデオで撮っていると、
あぶないよ、おとーさん
小山に上っていたので、心配してくれたのでした。

帰ってきてから、公園へ縄跳びの練習に出かけました。
お母さんは自宅でゆっくりしてもらって、お父さんと二人です。

玄関から公園までずっと三輪車で移動しました。
三輪車の前かごには拾い集めた枝、石、枯葉。
歩けるようになったころから集めていたが、今でも思い出したように拾っては前かごへ。

どんどん大きくなる。
2さいのときはこれぐらい、3さいでこれぐらい、
背伸びして腕を目いっぱい高く伸ばしながら、
4さいになったらこれぐらい、5さい、6さい、、、
お父さん、お母さんはこれ以上大きくならないから、あやちゃんの方がお父さん、お母さんよりも大きくなるだろうね。

もうすぐ自転車も乗れるようになるかもしれないね?
もうすぐじてんしゃにのれるかもねー。あした?

ところで、「ダメ」は禁句みたいです。
入園式が終わった後のレストランで、会話の流れから何かの拍子でダメと言っただけなのに、泣き出しました。
緊張感が残っていたのかな。

夕食はホテルのバイキング。
いつもよりハイテンション?
でも、周りに迷惑をかけるようなことはなかった。
成長したね。

アンパンマンを楽しそうに歌います。
今日から本当に幼稚園のおねーさん。

ところでよく怒られるわけですが、大人があんなに怒られたらきっとめげる。
子供にはそんな感じがあまりない。
生命力。

子供は甘える先がある分、救われる。
大人は甘える先がないので、大人になって怒られるたときに耐えられるだけの反骨心と克己心を備えることも必要だ。
だから、試練が訪れる。

夜泣きは今でもするが、なぜ夜笑いはしないのだろうか。
時々鼻が詰まっていて苦しそうだ。

寝相は相変わらずだ。
最近は落ちていないが、ベットの上で放射状に回転したりする。

幼稚園に行きだしてよく走るようになったせいか、あるいは成長のせいか、よく足が痛くなる。
我慢しきれず泣き出すが、一晩寝るとうそのように痛みが引く。
そういえば、確かに自分も同じような体験をしている。
筋肉痛ではなく、足がなえるような、疲労痛といったような、何とも言えない、どうしようのない苦々しさ。
伝えられないもどかしさ、表現できないもどかしさが、なんともいかんせん。

ストライダーも三輪車も上手になった。
つぎは自転車。
自転車乗りたーい

トイレ(小)、パジャマもOK。
朝は自分で起きられる。


三歳児半

3.5はとにかくよくしゃべる。

できる!
(出来てない)

できた!
(形がなんとなく)

なんとも愛らしくて仕方がない。

だいじょうぶだよ~

楽観的、希望的観測、天邪鬼、その前向きな気持ちをストレートに表現するところに和まされる。
我々を明るくさせる。
しかし、泣き出すと手におえない。
でました、
「おとうさんすきじゃない」

お父さんの小言に鋭く反応する。
距離を置かれているようで、少し複雑。

かくれんぼはまだ難しいです。
つぎはおとうさん、ここにかくれて!

反抗期は子供のころの鬱積の反動、という一つの理論が頭をよぎる。
それぐらいストレスは潜在する。

子供から見ると、大人は朝が早くて大変だ。
(子供の基準で見ると)遊んでいないし、いつもちゃんとしている。
立派だ。

今日はヤクルトをひっくり返しました。
昨日の牛乳に引き続き。。。

食が細いのが少し気がかり。
(がんばれ!)

そういえば、幼児は食べるとき、一度に一つの食材だけ食べる。
他と一緒に食べればもっとおいしいのに。

幼稚園に通うようになってから朝早く起きるようになったので、朝ごはんを一緒に食べる。
日常のひと時の触れ合い。
出勤する際にも玄関で送り出してくれる。
行ってプリキュア

アンパンマンは卒業したらしい。
そう自ら宣言している。
しかし、お父さんはプリキュアにはついていけないですね。
どきどきプリキュア?
スマイルプリキュア?
キュアソード?
紫色が大好きだそうです。

最近、言い直しをするようになってきた。
少し前までは即決だったのに。
これも、成長の証しなのだろう、考えるようになってきたということか。

出張で10日ほど家を離れて帰ってくると、子供が大きくなったように感じた。
感じるだけかもしれないが。

ベットで寝ているのをそばで見たとき、もうこんなに大きくなったんだ、としみじみ。
移動させるにも一苦労。

いま95cm、100cmももうすぐ。
体重は増えていないが。。。
でも、お腹がずいぶん引っ込みました。

カタカナはだめらしい。
ひらがなのマイブームがウソのよう。
最近自分の名前を書いたとき、ひらがなの文字が左右逆になっていました。
これはこれでかなり器用。

何の反抗期?
最近、聞こえないふりをします。

幼稚園で七夕のお祝いをしたときに、チカコ先生に短冊を代筆してもらいました。
七夕の願いは「プリキュアになりたい」でした。

幼稚園も夏休み。
最近、甘えん坊に少し逆行しているよう。
特に起き立ちは弱いです。
ぐだぐだ、泣きべそ。

感受性強し。
これから様々な経験を積んでいくのでしょう。
つらい経験も。
でも、それが将来の力になるでしょう。

眠たいとぐだぐだになるのは、副交感神経が不安定だからかもしれない。
お父さんにもその傾向があり、少し心配。

だいぶ言葉の理解度が上がってきました。
何気に言った言葉も、なんとなく理解出来ているかもしれません。
いつか、分かっているよと言われそう。

朝出かける際、カバンを持って渡してくれるようになりました。
プリキュアいってらっしゃい

最近、お父さんが平日は仕事で朝から出かけ、夜に帰ってくるということを多少ながら理解したようです。
おとうさんたいへんじゃない?

考えることを覚えて、自覚も多少芽生え、規律を少しずつ身に着けながら、子供なりの価値観を形成してきているようです。
早寝早起きも問題なくなりました。
眠たくなっても、前のように我慢して遊び続けるようなことは少なくなってきたと思います。

立て続けに二日連続でおもらしをしてしまいました。
なぜ連続?
昨日あれだけ注意されたのに。
どこまで我慢できるかチャレンジ?
今度は大丈夫と思った?
小さな反抗?
子供の思考は脈絡がなく外からは分からない。
考えての行動というよりも衝動なのだろう。
自然な、成長のためのトライアンドエラーの試みなのかもしれない。

東京湾花火大会をお台場から見学。
文字通りの猛暑の中、汗でべとべとになりながらも、真夏の夜の得難いひとときを過ごす。
三つ子の魂百まで、というように、子供にとって今のうちにこういった思い出づくりをするのもいいのかなと。
ところが、あるいは予想通り、途中で寝てしまいました。
花火は一番最後が盛り上がるのに、残念。

キュアソード、キュアロゼッタ、キュアダイアモンド、キュアハート、そして愛の切り札キュアエース。
何とか覚えた。
しかし、アイドル=偶像とはよく言ったもので、そこにこの人気の本質があるに違いない。
AKBに熱中する若者とプリキュアに熱中する子供に共通のものを感じる。

相変わらず段差に弱い。

最近、甘えや退化したような行動が目に見えて増えている。
幼稚園の反動らしい。
幼稚園で頑張った反動が、家に帰って現れる。
だっこー

抱っことおんぶにひとときの安らぎを感じるようだ。

これみて!
娘の好奇心に輝くひとみ。
これが幸せの一つの定義に違いない。

相変わらずよく泣く。

気を引きたくて、許してもらえると思って、面倒を掛けたくて、ただただ悲しくて、泣く。
いずれにしても、泣くことが表現であり、それが術なのだから、泣かないように咎めるだけではすれ違ってしまう。
泣くのは、泣きたいから泣くのだから。

愛されずに育つ環境ほど不幸はない。
それは文字通り取り返しのつかない経過をたどり、取り返しのつかない結果を招く。
意思と本能との決定的な矛盾、それが虐待として現れる。

幼稚園に行きたくない件について。
ようちえんにいきたくない
幼稚園でどのように過ごしているのか定かではないが、仲のいい友達を叩いて泣かして怒られたこと、友達が休んだこと、が背景にあったのか。
それらは独占欲の反動らしい。

幼稚園に来なくていいと言われた件について。
せんせいがこなくていいっていった
本人によれば、一人だけ列に並ばないので先生が怒って幼稚園に来なくていい、と言ったらしい。
妙な話だが、先生の言い方を誤解したのか、あるいは幼稚園に行きたくないのでそんな話をしだしたのか。
いずれにしても、見方を変えればアウトロー的な才能や豊かな想像力の証しかもしれない。
なかなかのストーリーテラーかもしれない。

初めての運動会は子供の心にどのように刻まれるのだろう。
子の舞台なので親は主役になり得ないが、それぞれの父親はそれぞれの父親なりに思うところがある。
かけがえのないひとときの一つ。

自分の園児当時の記憶など探しても見つからないが、子供は子供なりにしばらくは覚えているに違いない。
むしろ感覚として、節目、土台として。

元気に友達と話したり一生懸命に演じているのを見るのは、何とも心が和む。

年長園児が演じたソーラン節に感化されたようで、運動会終了後もしばらくの間、ときどき思い出したようにソーラン節の覚えた部分を踊りだす。

ろくじゅうさん!?
いや、さんじゅうろく。
36を右から読む。
3と6の間に10がある。
??!
確かに、さんじゅうろくと書けば10がある。

英語はすっかり忘れたが、最近なにげに復活の様子、周りの影響らしい。

カタカナは相変わらず覚えようとしない。
では、まずはドレミファから。

プリキュアはいつのまにか卒業。
アイカツが今のブーム
おねーさんは、プリキュアではなくアイカツらしい。
アピールポイントはいつもずっこけだけど一向にお構いなし。

もう、すぐに4歳
うんていに熱中、掌に豆を作る。

体重は14キロをうろうろしていたけど、最近14キロ超で安定。
身長は100センチ間際。
おねーさんだから自分で何でもできるけど、疲れるとだっこになる。
実感として重い。


四歳児

4歳の朝は特にいつもと変わらない。
カウントダウンしてた割には、あっけない?

おめでとう、にきょとん。
でも、確かに4歳になりました。

当日は「さがみ湖リゾートプレジャーフォレスト」へ行き、ログハウスに宿泊。
4歳から遊べるアトラクションも多く、早速一通り楽しむ。
迷路、カート、スカイライダー、空飛ぶブランコ、、、

特に、ピカソのタマゴのスパイダークライムは一度も地面へ下りずに下から上まで移動できました。
お見事。
結構得意のようだ。

幼稚園のお誕生日会では前に出てインタビューに答えてました。
ところで、口が開きっぱなし。
(ビデオあり)
初めての体験は緊張するよね。

11月末辺りに体調が崩れました。
食事が更に細くなり、14キロを切ってがりがりに。
多分、史上最低の体脂肪率だと思われる。

4歳になっても特に何か変わったわけではないことに気付いたのか、しばらくしてだらだらと甘えがぶり返してきたような。
4歳になるんだからしゃきっとして、といわれて頑張ってたけど、4歳になったからといってすぐにしゃきっとはできないよね。

朝おきたときからだっこ、だっこ。
思考と感情、規則と衝動、現実と想像、自我とその他との狭間において、制御できない心は絶対のよりどころを求める。
だっこは愛情の確認でもあるのだろう。
一方で、自己主張も飛び出す。
やだ!

4歳という発達段階において言動が甚だアンバランス。
自己矛盾などおかまいなし。
感情が高ぶり、怒っては怒られ、感極まり泣きすがる。

そして少しずつ、目に見えて成長する。
最近は「やだ!」が穏やかになった。
やーだー

色々なことが自分でできるようになった。
自分でできた。

公園での吊り輪は圧巻。
みんなの注目を集める。
うんていの成果であるが、確かにすごい。
(ビデオあり)

最近は子供らしく規則正しい生活になってきた。
夜は早めにベッドへ。
すぐに眠りにつく。
子供の小さき手は未来の象徴。
世界の入り口に差し掛かったばかりなのに、大人でも住みにくいこの世の中を、小さな掌いっぱいで受け入れながらか弱き足で進んでいく。

この頃の特徴:
早いと怖い。
(動体視力がまだ低い)
高いところからのジャンプは怖い。
(危ないことが分かっている)
筋力がない。
(走っているとよくこける)
(腹這いから起き上がるときに必死の顔)
ことばに敏感。
小声や何気ない言葉をちゃんと聞いている。
但し、知らない言葉には反応しない。

この頃のはやり:
かるた
ピアノ
うた、おどり
あやとり
ゲーム(特にアイカツ)
タブレット
スイミング
ひらがな、カタカナ、漢字、
ゴリラの真似

年末に二回目のスキー、がんばりました。
場所は、六日町スキーリゾート。
午前中はインストラクターとの個人レッスン。
リフトにも乗りました。
戻ってきたときの顔が、固まってました。
泣かなかったそうだけど、一人にして申し訳ない。
午後に家族でリフトに乗って滑って降りてきたときは、本当に頑張りました。
途中であきらめかけたけど、何とか最後まで一人ですべりました。
立ち直ったときの決め言葉は、「チカコ先生にスキー上手に滑れたって言うんでしょう!」

夜中突然起きて突飛な行動をし、泣く。
夢らしい。
翌日聞いてみるが、話したがらない様子。
夢だったとわかったが、夢で泣いたことがいやなのだろう。

人は本来能動的であるが、幼少からのある時期に受動的になる。
一般人ほどそうなる。
そして自分ができるということを知って再び能動的になる。
それは第二の成長の狭間で起こり、その人のその後の方向性となる。

きょう、さかあがりできた
メリーさんのひつじひけた
嬉しそう。
これぞ達成感か。
今日は、年小の入園式。
お歌も一生懸命歌ったらしい。
さすが、年中さん。
(後は、自転車と縄跳びとキャッチボールがもう少し。頑張ってます。)

成長をそばから見ていながら、時間の制約もあり直接触れ合う時間が多くあるわけではない。
そうすると、いざというときに何か気負ってしまって不自然になってしまうこともある。
そんなとき、自然に話しかけてくれると自分も楽になり気持ちも穏やかになってくる。
結果的には、まるで、不器用な父親に気を使ってくれているかのような振る舞いだが、これが子供の持つ無垢さなのだろう。
癒される。

夏休み明けの発表、くじで当たったそうです。
上手く伝えられるか不安です。
自分の語学力を薄々わかっています。
なんか大変です。
お母さんもいません。
初めてなので想像ができません。
上手く話すことができるでしょうか。。。
小さな、でもこれから繰り返すことになる、はるかに記憶の彼方に忘れられても、こうして世の中へのデビューしていくのでしょう。

秋も深まったある日、何とつり輪が出来なくなってしまった。
普通の子供になってしまったのだろうか、怖いらしい。
すぐに助けを求めてどうにもならない。
甘えを抑えられない。
久しぶりにお父さんと遊んだので甘えたがっていたのでは、という説もあるが、スランプなのかも。
ブランコの立ち漕ぎはまだまだ。
それにしても今日はよく泣く。
つり輪で一回、自転車で二回、帰り際にまだ遊びたくて一回。
泣いてせがんで困らせ泣き疲れて甘える。

しってた。
分かった、でしょ。
わかってた。

いったよね、あたった。
いや、いってないでしょ。
答えが出る前に言わないとダメだよ。
いったよー。

水泳で15級になった喜びはひとしおだったようだ。
六ヶ月間の苦難と曲折が報われた。

お化粧、マニキュア、普通ですか?
興味を持つもの、興味を与える媒体、そしてその子供用商品。。。
隔世の感、あり。
日々成長している中で、いつの間にか知恵も付いてきた。
なんで?
なーに?
なになになになに?

じゃんけんで最初にパーを出す癖のある娘。
おとうさんチョキばっかり!

二回目の運動会に発表会。
不安よりも期待の方が大きかったのでしょう、少し余裕があったような。
かけっこは、4人中、二着。
予想通り、りおちゃんには負けたけど、おしかったですね。
写真あり。

早くも下の前歯が抜けました。
年中さんでは一番最初だそうです。
五歳になる少し前でした。
せっかくきれいな歯並びだったので、少しもったいないですね。


五歳児

5歳になった誕生イベントは、ハワイアンズ一泊旅行。
ハワイアンズの踊りは全然興味なし!?

ついに初めてのおねしょ。
おねしょ記念日12月18日。

ケンカみたいになったとき、謝りません泣くまでは。
教育的指導で大人が謝らせようとすると、最後には謝りますが悔しくて泣いてしまいます。
自分に正直なんだよね。

我が娘を見て、ときどきこれは奇跡だと思わずにいられない。
一つの生命がそこに在る。
生命に勝る創造はない。